中学生の頃というのは、単なる勉強が、受験勉強に変化する頃で、つまり勉強がつまらなくなる時期である。部活動なんてのもやるようになるから、なおさら勉強に対する興味は薄れて当然なのかもしれない。
だから、中学生時代の勉強の記憶は、正直いってほとんどない。高校受験に向けて、自分より成績のよかったK君が、ボールペンを使って、ひたすら教科書をノートに書き写していると聞いて、自分もせっせとマネをして、ボールペンをつぶしていった。そんな記憶くらいである。
授業時間の記憶はほとんどないのだが、強烈に印象に残っていることが、1つだけある。それは中学2年生の時のこと。
担任の女の先生が、数学の先生だった。
その先生は、今思えば「夫婦別姓」で、その頃はみんなガキだから、「ふーん、夫婦の仲が悪いんだね」なんて噂をしたりもした。進歩的な考え方をした先生とわかるのは、もちろん大人になってからのことで、私を含めクラスメートは担任と仲がよいとはいえなかった。担任が教えてくれると、他の先生よりも和気藹々といった感じがするものだと思うが、その先生の数学の授業は、どこかよそよそしさがあった。
そんなある日の数学の授業でテストがあった。たしか、連立方程式のテストだったと思う。
テストは授業時間内に終わるもので、その授業内に答え合わせもした。そして、そのテスト用紙を先生は回収していった。
「なんだよ、チェックすんのかよ」
みんな、そう口々に言っていた。
当たり前である。テストというのは何歳になっても、あまり気持ちのよいものではないが、それが回収されず、教師に何点だったかバレないのなら、これはありがたい。通信簿に影響しないから。
ところが、担任の先生は回収した。
「やな先生! 性格悪!」
みんなそう言っていた。
私の印象に残っているのは、その翌週の授業。
先生がチェックした答案を返した。その頃は勉強が苦痛になってきている時で、点数はあまりよくなかった。だから先生に点数をチェックされたのが、自分もとってもイヤだった。
全員に返し終わった後、先生が突然、私の答案のことを、みんなに話し始めた。
「みんな答え合わせをしたのに、どうしてちゃんと書き直さないの? ちゃんと直しているのは、富澤君だけだったよ」
自分としては、テストが終わったら、答え合わせを赤ペンでやるのが普通だった。間違えたのはイヤだけど、それを修正するのも、復習として大切だから。その時も間違えたところを、先生が教える正答に、赤ペンでせっせと書き直していた。特別なことをしているつもりはなかった。
ところが他の人は、そうではなかった。
自分が何気にやっていたことを、先生に、それも1人だけ褒められたこと。それがものすごく嬉しかった。
点数はたしか80点にも満たず、私としては不本意な点数だったけれど、そんなことはどうでもいいと思うくらい嬉しかった。
そして不思議なもので、それから数学が好きになっていった。その「事件」があってから、成績も徐々に回復軌道に乗っていったと思う。
アレがなかったら、たぶん希望の高校にも行けなかっただろうし、そうなると大学も違うはず。当然入った会社も違うだろう。いろいろな意味で、とっても画期的な事件だった。
そして、小学生の頃から、バリバリ文系型と思っていた自分が、「数学を好きになれたこと」は、データ分析屋として極めて重要なことだった。もちろんそのことに気付いたのは、つい最近のことだけど。
だから、担任のT先生には今でも密かに感謝している。先生、今何をしているんだろうな。