小学校時代、データ分析というものなど知る由がない。そもそも、そんな言葉すらあったのかどうか。当たり前である。それが昭和の小学生というものである。
ただこの頃、1つだけ、自分のデータ分析人生に、多大なる影響を与えた雑誌がある。
「暮らしの手帖」である。
オフクロが、これをよく買ってきていた。自分も、毎号必ず読んでいたというわけでもないのだが、今でも鮮明に覚えている企画がある。それは、
「トイレットペーパーの長さを測定する」
というものだった。
そもそも、その頃の我が家は、まだ汲み取り式で、トイレットペーパーではなく、チリ紙を使っていたと思う。だから、トイレットペーパーというもの自体に、欧米の匂いを感じていたのだが、その長さを測るとは、いったいどういうことなのかと、子供心に大いなる疑問を持った。
「暮らしの手帖」は、主婦が賢く暮らすための生活情報誌という定義でいいのだろうか。今だったら、当たり前にある主婦向け情報誌・情報番組の先駆けではないかと、自分は思っている。
ただ、その内容は、スポンサーに媚びへつらう昨今のマスコミと異なり、「事実は事実」と冷たく突き放す。この潔さ、この冷酷さこそが、「暮らしの手帖」の持ち味であり、そして、データ分析の思想そのものではないかと思う。
たかがトイレットペーパーを、当時発売していた各社分取りそろえ、スペースを使って、ちゃんとその長さがあるのか測定する。そして、50mとの表示なのに、何cm短いといったものは、誌上で実名をあげて晒す。現代のマスコミには、到底考えられないジャーナリスト根性である。
この他、「掃除機の吸引力測定」や「洗濯機の洗浄力測定」みたいなものもあったような気がするが、トイレットペーパーというシンプル極まりない商品を、厳密に調べるインパクトには、到底かなわない。
今、自分がデータ分析でメシを食っていけるのも、あの時、「暮らしの手帖」を読んでいたからであることは間違いない。自分の中には、「暮らしの手帖」の血が流れていると、真剣に思っている。