独立した理由3

   

日々の仕事に追われていると、「夢」というものはどうしても見失いがちになる。日常はそれでよいのかもしれないけれど、たまに思い出さないと、自分の方向性がズレてきてしまう。

自分は、自分1人でどこまでできるのか突き詰めたいという欲求があった。会社という組織に属してできることは、だいたいできたという感触はあった。ならば今度はリクルートという看板を外して、富澤豊という名前でどこまできるのか、それを試したかった。

個人で勝負するので、社名も悩んだ結果、「有限会社富澤事務所」というなんてことのない名前にした。カタカナや横文字で志を表すのではなく、自分自身が商品であることを忘れないためにもこのようにした。

とはいえ、独立してどこに行ってもリクルート、またリクルートで、いまだ個人の名前で勝負などできていない。40歳すぎまで会社に残る方が少ないといわれるリクルートだから、今後増殖こそすれ、減ることはなさそう。リクルートという会社には心から感謝しているが、「リクルートにいた~」「元リクルートで~」といわれることは半ば諦めた。

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その年の冬、和歌山のアドベンチャーワールドにパンダを見に行った。可愛かったな(笑)。

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