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 ・・・ 調査に必要なスキル(受託側)

マーケティング調査の受託側に必要なスキル。それは「精緻な実務能力」。これにつきます。どんなことよりも正確さが伴っていないと、納品するデータに全く意味が無くなってしまう。何よりも優先されるべきことです。
ただ、市場調査を売り物にする企業という観点から考えれば、これからの時代は、実務能力だけでは生きていけません。

今、市場調査に関わる企業は、いわゆるマーケティング調査専門企業だけではありません。個人宅にパソコンがあり、そのパソコンがネットに常時接続されていることが当たり前になった結果、多くのユーザーを抱えるネット関連企業は、そのユーザー活用策として、市場調査の分野に進出しております。
ネット調査はスピードこそが生命線。調査票が完成してから、データ納品まで24時間以内ということを売り物にする企業もあります。つまり、高速納品はもはやどこの企業でもできることになりました。

では、インターネットモニターを保有しない旧来型の調査会社は、スピードには限界があるので、「精緻な実務」で応戦すればよいのか。
そうではないと思います。

旧来型の会社にしろ、最先端のネット調査会社にしろ、調査に必要なスキルは、つまるところ極めて常識的なビジネススキルだと思います。常識的といっても、ビジネスマナーのことではありません。顧客が発注しようとする企画の背景に潜んでいることを察知し、先手を打って提案し、最善の結果を得ようとする能力のことです。

マーケティング、そしてマーケティング調査に詳しくなればなるほど、知的レベルも上がる。過去の蓄積に学ぶべきことはたくさんありますし、現在進行形で動いていることにも、敏感に対応しなければならない。一定レベルに達するには、膨大な時間を必要とします。
そして自分の経験値が上がれば上がるほど、クライアントである発注者との知的レベルの差を感じてしまうことがある。
「この人は、こんなことも知らないで開発やっているの?」。
そう思うこともあります。ただ、相手より優位にいることにあぐらをかいて、言われたまましかやらないような人は、いずれは疎んじられます。これはマーケティング調査に限ったことではない。何らかの事情で、「やむなく御社に発注している」という状況が覆った瞬間に、バッサリ切り捨てられます。いや、切り捨てられて当然でしょう、そんな人間は。

私自身が調査に関わり始めた頃、当然何もわかっておりませんでした。そんな私を助けてくれたのは、協力会社の方々。立場としては、私が発注者で、彼らは受託者。年齢も皆さん私より年上で、経験も豊富。調査のことなど何もわかっていない私と 比べものになりません。
それでも、私を暖かい目で見てくれました。時に諭すように教えていただいたこともありました。そして、私がトラブルを起こしそうになるところを、先回りして収めていただいたこともあります。私が、今こうしてこんなことを書いていられるのも、あの時のあの方々がいたからだと感謝しております。
そんなこともあって、私もクライアントである発注者が、最高の結果を出せるようにということを念頭に取り組むようにしております。

ともすれば、アカデミックで頭でっかちになりがち。ともすれば、請負業者として言われるがままになりがち。それではいけません。マーケティングだろうが、調査だろうが、ビジネスとして、人間的な対応をすることが大切な前提だと私は信じております。

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 ・・・ 調査に必要なスキル(発注側)

マーケティング調査に必要なスキルとは、何でしょうか。正確さ。精密さ。緻密さ。そんな言葉が浮かび上がってきそうですが、必要なスキルは発注する側、受託する側、それぞれ違います。

発注する側は、マーケティング調査のすべてを理解することなどできません。調査はあくまでも客観的なデータを得ることが目的ですから、その背景にある「主観で進めたい作業」が、発注する側の本業です。
つまり、調査はあくまでも片手間。これは受託する側が、しばしば忘れがちな点です。ただ、調査はそれなりに費用がかかるもの。受託する側も、生活がかかってますから、ついついアツくなります。アツくならないと、良質の仕事はできないものですが、アツくなりすぎると、クライアントの本業が何であるのかが見えなくなってしまう。そこまで細かくやる必要はないのに、やたらと細部にこだわりすぎる。そのため、本来得たい結果が、データのヤマに埋もれてしまう。注意すべきことです。

マーケティング調査を発注する担当者は、本業は「企画」「開発」「宣伝」という方が多い。つまり、経営の方向性を考えたり、新製品を考えたり、プロモーションを模索したりというのが本業。調査は副次的なものです。調査を担当するために、その会社に入った方など、おそらく1人もいないでしょう。
だから、調査のことを、ゼロから勉強する時間はない。ただ、発注担当者としていいかげんなこともできませんから、まさしく「勘どころ」は掴んでおきたい。その点からすれば、この文章は、着任したばかりの発注担当者に、最もお読みいただきたいともいえます。

マーケティング調査の発注担当者に必要なスキルは、調査票設計力や分析力よりも、まずは「費用感」「スケジュール感」でしょう。
「費用感」については、防衛庁の不祥事を持ち出すまでもなく、自分の依頼することに、どのくらいお金がかかるのかわからないということは、とても罪深いこと。組織に甚大な被害を与えます。どのくらいの調査をやれば、だいたいどのくらいかかるのか。発注者としていいかげんでは許されません。
とはいえ、円単位の細かい費用感は必要ではなく、おおむね50万円単位の感覚が必要なだけです。50万円の調査、100万円の調査、300万円の調査は、それぞれ意味が全然違ってきます。
受託する調査会社が、見積もりを提出してからの減額交渉で、譲歩できる範囲には限界がある(よほどの事情がない限り)。「1000サンプルで50問のネット調査を30万円で」といわれても、どうにもならないものはどうにもならない。他の部分で利益を出せるのなら、赤字受託もありえましょうが、この手合いは、後々新たな不幸を呼ぶものです。

「スケジュール感」は、費用感と裏腹の関係といえましょうか。マーケティング調査は、人手を介さねばならないところは絶対にあります。さまざまなチェック作業が不要であるのなら、スケジュールを劇的に短縮することは可能。ただ、人間がやるものにミスはつきもの。性悪説に則って業務を遂行するなら、人の目によるチェックは欠かせません。
本来なら3日は欲しい作業を、「明日までに何とかならない?」と頼まれ、無理して納品する。ところがそれによって、ミスを出してしまい、結果的に発注側・受託側、ともに不幸な結果となる。ありがちなことです。
調査票の設計にはどのくらい、集計にはどのくらい、レポート制作にはどのくらい。もちろん、それぞれの調査会社で得手不得手があるでしょうから、可能なスケジュールは異なってきます。つまり、発注担当者として知っておくべきスケジュール感とは、調査の作業段階における一般的なスピードともいえます。
では実際どのくらいが平均で、最速はどこまで可能なのか。これは後ほど、それぞれの作業段階で書きましょう。

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 ・・・ なぜ調査をするのか

マーケティング調査を、なぜ行うのでしょうか? この疑問に明快に答えられる人は、案外少ないのではないでしょうか。
そこにはさまざまな理由があります。さまざまな事情もあります。それが複雑に絡み合うあまり、前提となることが、つい棚の上に置きっぱなしにしがちです。

調査とは、ある対象の状況を正しく把握すること。これは少し思いを巡らせれば、思いつくことでしょう。では、なぜ対象の状況を正しく把握する必要があるのでしょうか。

今の日本では何とも思わないでしょうが、公正な政治を行うために、調査は欠かせないものなのです。
国連PKO(Peacekeeping Operation)には、当該国の治安を維持するだけでなく、選挙が正しく行われるか監視する役割もあります。過去に、東ティモールで、日本の部隊がその役割を果たしています。
公正な政治を行うためには、公正な選挙に基づいて行われなければいけないのは当然です。そして、公正な選挙を行うためには、公正な調査が行われなければいけないのも、また当然であります。どのエリアに何人の有権者が居住しているのか。それを把握することが、公正な政治の第1歩ということです。都合のいい人ばかりが投票した結果、当選した候補者など信用できるはずがないですから。
政治に調査が使われた一例として、ナチスがあげられます。彼らはユダヤ人の状況を把握するために、コンピュータを用いたそうです。使われたのは、アメリカのIBMのコンピュータでした。IBM社として、大きな売上となった反面、暗い過去となってしまいました。

調査をする理由の筆頭は「客観性」だと私は考えます。
人間はどうしても、我田引水しやすい。我が子は可愛く思えるものだから、致し方のないことではあります。冷静な判断を下すことが難しいケースは、とても多いのです。

剣豪宮本武蔵は、「観見二眼」という言葉を残しておりますが、対象物を「見る」ことは、視力さえあれば誰でもできます。ただ「観る」ことは難しい。「観る」は、観察という言葉から類推できるように、身体器官としての目ではなく、いわば「心の目」「脳の目」で見るといったイメージです。それは誰もができるものではない。
そこで、調査の登場です。
調査を適切に用いれば、客観的に対象物を観ることができる。調査の実施理由は、基本的にここにあります。

国の存立基盤たる政治のために、調査が正しく行われるのは当然であると誰もが考えるでしょうが、一般の市場調査も、同様に高いレベルの倫理観をもって行われなくてはなりません。恣意的な調査設計、集計データの事後解釈など、簡単にできてしまうことです。ましてや、実査から集計・分析まで、すべてデジタルで処理することが可能となった今、調査の世界にも偽装は容易に起こりえます。だからこそ、調査に関わる人間には、ある種の潔癖さも求められるべきです。

と、ここまで書いてきたことは、「勘どころ」でも何でもなく、通常の説明です。「勘どころ」にあたる部分は、ここから先です。

「マーケティング調査を行う理由」として、現実的に最も多いのは、「説得性を高める」ということです。苦労して考えた新製品のアイディアを、自らの思い込みだけで、トップを説得できるはずがない。自らの企画をサポートしてくれる、裏付けとなるデータが必要。そんな時に調査は行われます。
そういった意味からすると、データの客観性というよりも、発注担当者の思惑通りの結果であることが求められることもあります。市場調査会社も、潔癖さを求められつつ、顧客ニーズにも応えなければいけない。難しい立場に立たされます。

説得性を高めるということを、反対側から見つめなおすと、部下からの提案に説得性がないということです。つまり、「担当者を信用できない」のです。入社してからの経験が浅く、自社の市場環境を正確に把握できていない。だから、かなり斬新な提案をあげてきたけれど、本当にどこまで信用してよいやらわからない。そういった、上司としての「不安を解消する」ために調査が行われることがあります。いや、もしかしたら、企業の製品開発、広告効果測定で、完全にルーチンとなっている調査は、こちらの理由の方が大きいかも知れません。

ここで必要なのは、客観性とともに、「上司の感覚値にマッチしたデータ」という点。調査の決裁を行うのは上司ですから。
問題となるのは、市場の実勢と上司の感覚値に乖離がある場合です。上司も元は現場で揉まれていたのでしょうが、今はすっかり遠のいてしまった。「これはおかしいだろう?」「俺が現場でやっていた頃はこうじゃなかった」。10年以上前の感覚を保持したまま、現状を見ようとすると、大いなる誤謬が生まれます。そして、その誤謬は、マーケティング戦略の失敗につながります。
上司をコントロールできる能力を持った調査担当者であれば、うまく乗り切ることは可能ですが、言われるがままのロボット担当者だと、プロジェクトに関わる人間全員に不幸が訪れます。だからこそ、調査担当者は真の意味で優秀さが求められると思うのです。
辛いですからね。すべて結果が出た後に、「これはおかしいだろ?」と鶴に一声鳴かれるのは。

調査に関わる立場として、どのようなポジションに自分は位置するのか。それを常に頭に入れつつ、その調査が社内でどんな意味をもって実施されるのかを把握しておかなければなりません。

 

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