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高等学校時代

我々の世代の高校生といえば、昨今の「ゆとり世代」と真逆の、いわゆる「つめこみ世代」。
でも、当人たちは、つめこまれているなんて、全然思ってもいませんでした。
だって、それ以外経験していないんだから。

私は、あの頃の学歴社会を否定しません。
なぜなら、甲子園で全国優勝する価値と、模擬試験で全国1位になる価値が同じだと思っているから。

いや、それだけではありません。

もし、中学校を卒業して、大工になって、その世界では若くして棟梁になったりするヤツがいても、それもまた同じ価値。
日比谷高校から東大に入り、大蔵省に入ることがエライのではなくて、自分がコレと決めた分野で、日本一(か、それに等しい価値のもの)になれたヤツが凄いのだと思っております。

で、その「学歴甲子園」の荒波の中で、私はもう県予選でいっぱいいっぱいになりました。
これが学歴社会の恐ろしいところ。

正直いって、東大卒でなくとも、早稲田、慶応、上智あたりに入れる学力のあるヤツなら、小学校時代は学年でも秀才クンだったはず。
私もそうでした。

でも、中学校で、隣町の小学校のヤツらと一緒になり、徐々に順位が下がり、さらに広域から集まる高等学校で、いよいよ馬脚を現す・・・。

いや、「馬脚を現す」というコトバは正しくないかもしれない。
「メッキがはがれる」の方が正しいかも。

まあ、結果として中途半端な秀才クンは、自分が金ピカの脳味噌だと思っていたら、実は単にメッキされたものだったと気付く。
それが高等学校時代。

私も、1年の頃は低迷気味で、しかも共学だったのに、なぜか男子クラスだったこともあり、とってもマッタリ感があって、勉強もあんまりしませんでした。

麻雀が流行っていた頃で、医者の倅だったヤツが、ミニ麻雀みたいなのを持ってきて(本格的な牌ですよ)、先生に取り上げられていたな。
で、それからは、カード麻雀が流行ったりしました。
縦長のヤツで、13枚も持つから、手に余ってしょうがなかった。
友だちの家に休みの日に行って、朝から晩までやったりしましたな。

私のいた高校は、旧制第三中学と呼ばれた時代もあり、伝統がありました。
でも、神奈川県の公立高校のトップは湘南高校。
湘南の方が、あとからできたのに、東大にバンバン送り込んでいるのが気に入らないといったムードが、校内にありました。

で、我が母校のとった戦略は、「理系では負けない」。

たしかに、理系分野の進学先だけでみると、湘南高校に競っていました。
東大の理1、理2。
東工大とか。
互角とは申しませんが、競っていました。
でも、理3とか、慶応医学部なんてのは、ほとんどいなくて、理2とか、東工大の入りやすい学部で合格者数を稼いでいたのが事実。

その「理系では負けない」ムードのために、1年生から、数学の教科書は、「数研出版のチャート式」。
で、各クラスに「数学委員」というのがいて、授業前に先生のところに行き、前週に与えられた宿題を答える人を聞いてくる。
指名された生徒は、授業が始まるまでに、黒板に解答を書いておく・・・。

今考えると、「数学版虎の穴」ですな。
そんなこともあり、高校時代は、自然と数学が鍛えられました。

中学時代に数学を好きになった私としては「渡りに舟」。
そのため、高校3年生で、学校も受験モードに入るのに、あえて「数学」を取ったりしましたから。

高校の数学で、何しろ得意だったのは「漸化式」。
あの

1、2、3、5、8、13、21、34、・・・

みたいに続く数字の法則を見つけるヤツ。
これにハマった。
たしか、高校時代唯一の「100点」を取りましたな。
しかも、受験とは全く関係のない3年生の時に。

ちなみに、上の答えは、

n=an-2n-1

でいいのかな?

何かこう、方程式とは、また一味違う「世の中の法則を見つける快感」みたいなのを覚えた頃でした。
そして実際にテストの点もよかったから、また快感。

マーケティングリサーチの分析って、漸化式の考え方に似ていると思います。
世の中の意見に潜む、ある一定の法則を考える。
それを、「勘」ではなく、「理論」で説明する。

漸化式こそ、「数学界のマーケティング」かも知れません。

そんなこんなで、高等学校時代のことで、今の自分に役立っていることは「漸化式」。
これです。