就活問題と義務教育

13042301就活問題について書いてみます。
即効性のある解決策ではないけれど、早く日本もこうしたいよねという話です。
長いです、いつになく。

大学生の就職活動は、3年生の3月から就活開始、8月以降選考OKとすることで落ち着いた。

FNNニュース: 安倍首相、大学生の就...
クローズアップ2013:就活解禁「3年生の3月」 実効性どう確保- 毎日jp(毎日新聞)

就活問題は、あっち(大学)立てればこっち(企業)立たず、こっち立てればあっち立たずで、いつまでたっても話がまとまらない。
今回、高支持率の安倍首相が、エイヤッと決めたからいいようなものの、どうせまたうやむやになるのだろうという予測は、多くの人が立てていると思います。

問題は「時期」ではない。

就活の開始時期を、3年生の10月にしようが、3月にしようが、遊んでいるだけの学生は遊んでいるだけだし、真面目な学生は、3年生どころか、2年生、いや1年生から真剣に就活を意識する。
こんなこと、数年前は、自分がいる大学のようなローカル大学だけのことでしたが、昨今は首都圏の著名大学でも、真剣に就活して、あっさりと落とされる学生がいるとか。
だから、就活に焦るのは、もはや全国レベルの問題といえます。

問題の核心は、みんながみんな同じことしかしないこと。

例えば服装。
紺のスーツに白いワイシャツを着て、黒っぽいカバンを持ち、メモしやすいように、表紙が固めの手帳を持つ。
ここまで横並び志向であることを企業も暗に強制しておきながら、人物は、より個性的であることを求める。
矛盾しています。

知的レベルはまだしも、それ以外の部分において、学生は均質になっている。
早稲田はバンカラで野暮、慶応はハイカラでお坊ちゃんなんてイメージは、とうに消えた。
東大にだってチャラいのがいる時代、総合大学の無個性化はますます進む。

大学から個性が消えたのだから、そこにいる学生が個性を発揮するのが難しいのは当然。
自己PRになることくらい、早い時期から仕込みたくなるのもやむを得ないことなのかも。

ただ、自己PRのために✕✕をするという風潮は、やはりおかしい。

(自己PRのために)ボランティアをやりました。
(自己PRのために)サークルの代表をやっていました。

20歳前後の大事な時期に、こんな歪んだ発想でいていいはずがない。
だいたい、自己PRにばかり夢中になって、「キミは何のために大学に入ったのか?」ということになる。

大学とは何をするところなのでしょうか?

学問を究めるのが学生の本分だけど、日本の大学はそういうことをやってこなかった。
自分らの世代が典型です。

We learned more from a 3-minute record, baby, than we ever learned in school.
(Bruce Springsteen "No Surrender",Born in the Usa

こんな歌詞を真に受けるほど、我々の世代は学校を馬鹿にしていた。
学校の勉強よりも、社会勉強の方が大切だという論がまかり通っていました。
ある面では間違ってはいないのだけど、だったら学校なんてやめて、社会に出ろというのが正論。
そんな勇気も持っていなかったのが、現在の大半のオジサンたち。

それに比べれば、今の学生の方がよほど真面目。
授業にきちんと出席しないと、単位はもらえない。
そして、就活のためとはいえ、将来について考えている。
半強制的に、そうするよう仕向けられているのかもしれないけれど、我々の世代よりも、自分の生活に、未来に真剣であることは確か。

真面目である人を、今さら適当にしろというのはおかしい。
また、学生だから勉強だけしていなさいと強制するのもおかしい。
大学は義務教育ではありません。
勉強したい人はすればいいし、早く社会に出たい人は出ればいい。
もちろん遊びたければ遊べばいい。

大学・企業間の人的交流を、もっとフレキシブルにした方がいいというのが、自分の就活問題に対する基本的なスタンス。

人的交流と書くと、偉そうな人が行ったり来たりという感じですが、そうではない。
学生は中退して仕事に就くことを、もっとやっていいし、社会人も仕事をちょっと休んで、大学で学ぶということを柔軟に行う。
企業側は年中採用活動を行わなければならないし、大学は経営計画が立ちにくくなるから、どちらも負担が増す。
ただ、裏返して考えれば、優秀で働きたいという人材を企業は早期に獲得できることになるし、大学は真剣に勉強したいという学生を確保できることになる。

今の大卒は、「即戦力」であることを求められているようですが、そんな優秀な人を、なぜ半年も、下手をすれば1年も待たなければならないのか?
大学を中退してもらい、すぐ戦力になってもらえばいいじゃないですか。
これだけあらゆることがスピード化した時代に、おかしいです。
長い目で見れば、今よりよほど健全な体質になるはずです。

13042204そして、新卒採用という言葉はなくす。
中途採用もナシ。
会社にも、そして大学にも、いつでも出たり入ったりできる。
優秀な人間はどんどん社会に出て働く。
もうちょっと知識が足りないなと思えば、専門にあった大学に入って勉強する。
そういう人材の流動化を進めれば、画一的な就活なんてなくなる。

そのためには中退に対する意識を変えないといけない。
社会に出れば、大学を中退した人は案外多いことに気づく。
でも、学生でいるうちは、恐怖に苛まれる。
学資を出してもらっている保護者の手前もありますし。
ただ、少し前に世界で一番の金持ちだった彼も、世界で数億人が使うデバイスを作った早逝した彼も、どちらも大学中退。
大学中退に対する忌避感は、もっと薄れていいはずです。

問題は就活だけじゃない。
大学の飛び級、飛び入学ももっと認めていい。

灘高では、早いうちに3年分の授業をやりきって、あとは受験勉強に充てるとか。
おかしくないですか?
日本一の天才高校生たちが、なんで受験時期を待たねばならないのか?
高校1年生が東大受けたっていいじゃないですか。
受かれば、17歳から東大で勉強したっていいじゃないですか。

IT関係の天才プログラマーたちは、すでに学校や就活の枠を飛び越えている。

「真のゆとり教育」が生んだ18歳天才プログラマー  :日本経済新聞
第1回 福森匠大(sora_h)~高校に進学せず,週3でITベンチャーに通うはたらきかた:シューカツ女子ともよの会社訪問記―知りたい!あの人のはたらきかた|gihyo.jp … 技術評論社

プログラマーだけではない。
17歳の天才営業マンがいたっていいし、JKの天才商品開発担当がいたっていい。
大学生だけでなく、それ以前の年代から、社会で活躍する人材はもっと増えないと、日本に未来はありません。

今は小学校で総合学習の時間があり、小さいうちから「仕事」を意識しやすくなった。
中学校では職業体験をやるところも多いでしょう。
そこまでやっているのだから、別にそのまま高校・大学と進まなくてもいい。
そのために、「自分はこれをやりたい!」と思えるものをもたせるようにする。
別に難しいことではありません。
「サッカー選手になって海外で活躍したい!」「プロ野球選手になってメジャーに行きたい!」と考えるのはおかしくない。
小学生が、「自分は世界中で売れるお菓子を作る!」と考えたっていいはずです。

高校も大学も義務教育ではない。
でも、日本は半義務教育といったムードからなかなか抜け出せない。
大学進学率は上がり、その傾向に拍車がかかった。
進学率が上がるのはよいとしても、義務教育でないことも同時に理解しておかないと、単に横並び意識の学生の割合が増えただけということになる。
この流れを変えないと、就活問題も永遠に解決しない。
そう考えています。

そういう点から考えると、東大の秋入学は千載一遇のチャンスだった。
進学・就職のタイミングがバラける絶好の機会だった。
でも東大はくじけた。
日本一の大学がこれじゃ、何も前に進まない。

13010709あまりにも硬直化した「進路」という枠組みを壊さないと。
人生のレールは真っ直ぐではないし、路線変更や時にスイッチバックがあって当然。
時に電車を下りて、歩かなければいけない時だってある。
でも日本人はおおむねそういう人に冷たい。
この風潮をやめたい。

本人がステップアップと思っているのなら、路線をはずれることはドロップアウトではない。
前向きな中退、おおいに結構。
戻りたければ、いつでも戻ってくればいい。
そういう柔軟な視点を持つことが、画一的な就職活動から抜け出す第一歩だと思います。

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