断片化する社会・序

実は十人一色にすぎなかった

バブルの頃だったと思うので、おそらく1990年あたり。世の中すべてが浮かれており、人は皆ワガママになっていました。お金はたんまり持っている。札束でぶっ叩けば、なんでもやってくれる。そんなムードが漂っていましたし、実際そうしたことが、あちこちで横行していました。

もともと、「人は十人十色」であり、個人の心持ちはバラエティに富んでいるもの。それがバブルの頃は、より多彩になったといわれた。
ワガママは決して悪いものとは限りません。良い方向に進めば、世の中を進化させてくれます。だからこれからの時代は、

十人十色ではなく、一人十色なの

とまでいわれるようになりました。
しかし、前世紀末には、まだそれを実現するだけの術がありませんでした。

十人十色を実現するとは、あらゆるモノ、サービスが個々人の好みに対応するということ。そんなことをしていたら、コストばかりかかってしまい、経営が成り立ちません。だから、

十人十色どころか、十人一色である

のが現実。それは今でも本質的には変わっていません。
ただ、インターネットの普及が世界を劇的に変えました。

コミュニケーションコストの低下

20代、30代の方は実感が湧かないかもしれませんが、昔は「長距離電話」という言葉がありました。
同じ市内に電話するのであれば3分間10円ですむ。しかし、たとえば東京から大阪に電話するには、相応の料金がとられた。だから、出張先から報告の電話をする際には、公衆電話を見つける前に、小銭をたくさん用意しておく必要がありました。100円玉だとお釣りが出ないので、なるべく10円玉を多く持つ必要がありました。テレホンカードのない時代の話です。

それが今では、携帯電話であれば、国内どこにかけても料金は変わりません。それどころか、一定時間まで通話料固定にしている方は、無料部分もあり、通話にお金がかかっている感覚が少ないのではないでしょうか。
しかしこれはあくまでも「電話」の話。若い方であれば、facebookやLINEの通話機能を使うことが多いはず。それであれば実質無料です。

インターネットはあらゆるものを変え、今なお変えつつありますが、その最たるものはコミュニケーション・コストを劇的に低下させたこと。隣にいる人であろうが、地球の裏側にいる人であろうが、連絡を取り合うのに、今や料金のかかるイメージはありません。しかも、相互にカメラ機能のある機器があれば、「テレビ電話」が世界中どこにいても実現できます。

友人関係の断片化

携帯電話を1人1台持つようになり、しかも肌身離さず持ち歩くようになったこともコミュニケーションを変えました。
固定電話の使用機会が減少した結果、誰かに電話を取り次いでもらうこともなくなった。友人の自宅に電話し、「○○君はいますか?」と母親に取り次いでもらう必要は、今はありません。
外線電話に出ることに億劫な新入社員がいるのは、経験していないのだから当然のことといえます。もっとも今では、大手企業では個人携帯を会社が付与しているので、他人の電話を取り次ぐという行為そのものは、いずれ消滅するのでしょう。

個人間の直接的なコミュニケーションが、いつでもどこでも可能になったことは、友人の形成にも影響を与えています。
以前であれば、自分のライフステージが変わるたびに、新たな友人関係を構築する必要があった。そのたびに緊張を強いられたものですが、卒業後も友人とつながっているのであれば、旧友といつでも(もちろんどこでも)連絡をとることができる。

少子化により、1クラスの人数は減り、友人と呼べる関係にある人数も減る傾向にあります。そこにゲーム機、そしてスマホの登場により、集団よりも「個」で楽しむ時間が長くなってきた。新たなステージで、相性の合わない友人を無理に作る必要はないのです。

子供の頃に携帯もゲーム機もなかった世代は、若い世代のコミュニケーション環境を意識しなければいけません。友人関係も確実に断片化しているのです。

 

 

 

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      2018/01/04

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