ハマスタレジェンドマッチをゆるく考察する

雨のち晴れ

11月23日とは晴れの特異日のはず。この日に必ず行われるラグビー早慶戦は、第1回目の対戦日決定の際、過去の天気の傾向を参考にしたことが記録に残っています。

そんな日であるはずなのに、前日から降り始めた雨が、直前まで降り続く予報。昼前には止むはずだったので、13時から行われる「ハマスタレジェンドマッチ」には大丈夫だろうと考えてはいたものの、かなりヤキモキいたしました。というより、まだ暗いうちから、試合観戦のために行列を作っていた方々の精神力には感服いたします。

というわけで無事に開催された「ハマスタレジェンドマッチ」に行ってまいりました。

横浜スタジアムが開設されて今年40年目。そして、このオフから6000席の増設工事に入るというタイミングで行われたこの記念試合。大洋ホエールズ以来のレジェンドたちが一堂に会するファン垂涎のイベント。チケットも発売後、一瞬で売り切れた次第なのであります。

込み上げる感慨

自分がベイスターズというより、大洋ホエールズのファンになったのは、まだ川崎にいた頃。横浜移転の直前でした。
1960年優勝の立役者にして大エースの秋山登さんが監督になった年であったことを覚えておりますので、もう40年以上前になります。

有力球団と比べ、レジェンドと呼べる人たちがどれほどいるのかという疑問もありましょうが、それなりにはいるんですよ。誰がレジェンドであるのかは、入場時に配布された新聞にてご確認いただければと存じます。いやもうこの新聞だけで、グッと込み上げてくるものがありました。ホエールズのレジェンドに紛れて、なぜか前監督がおりますな。

諸般の事情により、試合開始には間に合わず、途中からの観戦となりましたが、twitterのTLにて随時展開はチェック。かなり盛り上がっていることはわかっておりました。

スタンドに座ると、ほぼ満席。そういえば、ハマスタ初観戦は開場の翌年で、こんな席から高校の友だちと見ていたな……という記憶が蘇ってまいりました。雨のナイター、読売戦でした。

試合そのものは、遊び半分、真面目半分。ただ、レジェンドたちの対決もそうですが、現役どうしの対決にも思わず興奮しました。

佐伯貴弘のI♡YOKOHAMA

ハーフタイムショーでは、ハマスタで長年ライブを開催しているTUBEの前田亘輝さんが熱唱。

有名な2曲だけでしたが、声も通って、さすがの歌唱力。すごくカッコよかった。「シーズン・イン・ザ・サン」、iTunesで買います。ちなみに上のビジョンの中に、自分が映っております。

MVPは「隠し玉」も披露した佐伯貴弘選手が獲得。2軍暮らしのまま戦力外通告を受け、ハマスタでの引退試合もないまま、無念の移籍をした佐伯選手の「I♡YOKOHAMA」の絶叫には、多くのファンが落涙したはずです。

試合終了後、それぞれの時代の球団旗を持って、レジェンドたちが場内一周。

この場内一周の時だけでなく、試合の合間にも、大洋ホエールズの球団歌「行くぞ大洋」、DeNAになる前のバージョンの「熱き星たちよ」も流され、ファンのモヤモヤをすべて晴らしてくれるようなニクい演出でした。

球団史をイメージで振り返る

強いチームを応援している方々には当たり前のことかもしれませんが、大洋、横浜大洋、横浜、そして横浜DeNAと、

ごく稀にしかイイ思いができない球団

を応援している身には、このタイミングはまさに絶妙なのでありました。

ここでホエールズ以来の歴史を「イメージ」で振り返ってみたいと思います。
まず順位のイメージ。色でだいたいの順位は察していただけるかと思います。

なんか、女性ものの夏向きの洋服生地に使えそうな色合いです。ちょっとシックな感じは、常勝球団には出したくても出せないイメージだと思います。

続いて勝率の雰囲気です。どこが基準かは色の濃さでご理解いただけるでしょう。

実はここ数年の暗黒期は、70年代、80年代よりもひどかったのです。まさに漆黒の闇でした。ベイスターズファンの辛さ、そして精神的タフさが、少しはおわかりいただけたでしょうか。

完璧なタイミングのイベント開催

このレジェンドマッチが発表されたのは10月12日でした。レギュラーシーズンが終了し、クライマックスシリーズが始まる直前のことです。

ニュース |  横浜スタジアム40年「ハマスタレジェンドマッチ」11/23(祝・木)初開催決定! | 横浜DeNAベイスターズ

出場選手は、長いファンにしてみると、「本当に来てくれるの?」という人ばかり。

これだけのメンバーが参集してくれたとしても、CSに出場できなければ、やはり話にならないし、またCSでもファーストステージであっさり敗退していたら、なんかモヤモヤ気分が残っていたはず。「まだ弱いのに」「弱小球団が偉そうに」などと指弾されそう。

そういう意味では、物議を醸したとはいえ、

3位からの下克上で日本シリーズに出場しただけでなく、ソフトバンクを「あと2歩」まで追い詰めた直後

であることは、完璧なタイミングだったといえましょう。何しろ「リーグ優勝」、そして「日本一」という宿題が残っているのですから。
勝負事は、やはり勝たなければいけない。そして、勝った後にこそ、さまざまなご褒美があるのです。

暗黒は試合だけではなかった球団

佐伯選手のところで少し触れましたが、ベイスターズはホエールズ時代から、球団の功労者に冷たかった。
その時々の報道はボンヤリと記憶している程度になりましたが、当時は「そら選手側も悪いわ」と思っていました。そんなニュースがマスコミで報じられる選手の態度は悪く見えるものですし、今のように球団の内情など漏れることがない時代でした。

しかし今になって過去の出来事が聞こえてくると、球団もかなりいい加減だったことがわかってきた。まあこの場合、どちらが悪いというより、どこかでボタンの掛け違えがあったと考えたいところです。

選手側にモヤモヤはあって当然。そしてそんな選手を応援していたファンも離れていって当然。哀しいけれど、それが現実。試合だけではなかったのです。何もかもボロボロな球団でした。

そんなこともあったからなのか、歴代の名選手たちをリスペクトするイベントなぞあるはずもなく。

でも、DeNAが買収し、ご存知のように次々とマーケティング戦略を講じた結果、入場者も激増。客席の稼働率は95%ほどに達しています。つまりチケットを取ることすら容易ではない。かつてであれば、隣席に荷物を置いても、何の問題もなかったのが、今ではギューギューに押し込められている感じになりました(それでなくてもハマスタの座席間隔は狭い)。

こうなるとすべてが好転してくるわけです。そして、物ごとがいい方向に進み始めれば、多少の障壁は越えられるもの。おそらく権利の関係で、参加には手間のかかる交渉が伴うであろう歴代のキャラクターたちも、こうして参加してもらうことができる。

現在の球団は、こうした過去の面倒事を、少しずつ丁寧にほぐしてきてくれている。それをつくづく実感します。感謝という言葉以外見つかりません。

選手は試合に勝たなければいけないことと同様に、球団経営者は経営を安定させてナンボということになります。先ごろラグビーサンウルブズのブランド戦略担当に就任した池田純前社長の功績はもちろんですが、中畑清というスポーツエンタテイメントを理解できる人物を、初代監督に据えた意義は、今さらながらとても大きいと思います。

次は日本一の後か

場内一周が終わり、マウンド付近にレジェンドたちが集まって記念写真。

レジェンドたちのフォトセッションの後、歴代キャラクターたちも加わって、改めて撮影タイム。

すべてのわだかまりが消えたわけではないとは思いますが、こんなことまでできる球団になったのかと、ちょっと泣きそうでした。だって、1960年優勝時の捕手土井淳さんと、2017年の今年大活躍した新人ハマちゃんに加え、レックやDB.ライダー、バートやチャピーまでが一緒に写るんです。60年近い時を越える感慨。涙しかありません。

昨日参加できなかったレジェンドはまだいます。石井琢朗、金城龍彦、田代富雄あたりは、他球団に所属しているからだろうけど、なんとかならないものなのか。そして、いつの日か、村田修一、内川聖一も参加する日が来るのでしょうか。

権藤博元監督は、「あの世に行かないうちにもう一度やりたい」なんてコメントされていますが、次回はスタジアム増設が終了する2020年なのか。それとも日本一になった後なのか。いずれにせよ、元気であれば昨日絶対に参加したであろう、秋山登さん、加藤博一さん、盛田幸妃さんが、天国から羨ましがるようなイベントを、またぜひ実現していただきたいもの。その日が来ることを楽しみに待ちたいと思います。

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      2017/11/25

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