デジタルは個の能力を極限まで引き上げてくれるもの

シンセサイザーと冨田勲

昨秋、浜松の楽器博物館に行った際、これに大興奮。

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無数にあるボタン。そこにジャックを差し込む。申し訳程度にあるキーボードが何の役目を果たすのかも、昔はよくわかっておりませんでした。

いわゆるシンセサイザーという言葉でまとめてしまってよいのか、今となってはどうでもいいことですが、この手の「楽器」といえば冨田勲だったし、冨田勲といえばこれを暗いスタジオみたいなところで操作しているイメージでした。

その冨田勲さんが亡くなりました。

作曲家 冨田勲氏死去 シンセサイザーで日本音楽を変えた男 喜多郎やYMOにも影響 - 芸能 - ZAKZAK

冨田勲という名前は、小学生の頃からシンセサイザー奏者として知っておりましたが、まさかこの曲まで作った人だと知ったのは、だいぶ後になってから。

当時、7時のニュースが終わった後やっていた「新日本紀行」。積極的に見ていたというより、勝手に流れていた感じ。

何も知らなければ、オーケストラが演奏しているようにしか聴こえない。それをまさか1人で、何やらボタンばかりのキカイを駆使して作ったということは、子供心に衝撃でした。その「新日本紀行」が収められたCDを買ったのは、ずいぶんとオトナになってからでした。そして、こうした楽曲をすべて1人で作るということは、その後の自分の基本となりました。

ボストンのトム・ショルツ

友人の影響から、小学校高学年にはすでにビートルズを聴くようになっていた自分。ビートルズが基本だから、ディープ・パープルのようなハードな路線よりも、KISSみたいな、一見オドロオドロしいけれど、実はPOPな音楽を好んでおりました。クィーンが日本でもてはやされはじめた時代のことです。

同じ頃に、「1人ですべての楽曲を作詞・作曲し、さらにすべての楽器を演奏し編集までしたデモテープをレコード会社に持ち込んだ」ということが話題となったグループがデビュー。

ボストンのトム・ショルツ。マサチューセッツ工科大学出身という肩書きも、他のミュージシャンとは一線を画す要因でした。
しかもそんな肩書きながら、アルバムは「No Synthesizers Used/No Computers Used」と表記されている。「え? シンセサイザーを使わずにここまでできるの?」という衝撃。多重録音さえできれば、アナログ楽器でもここまでできるという事実を知りました。今でも聴き続けております、このアルバムは。

山下達郎のBIG WAVE

その後、大学生の頃に大ブームとなった山下達郎を好きになったのも、センスのいい曲だからというだけでなく、やはり多重録音で1人で作っていることに対する憧れがあったからかも。

さまざまな機器を駆使すれば、たった1人でここまで完成度が高いものができる。その原点はシンセサイザー冨田勲。それをアナログで実現したボストンのトム・ショルツ。それを統合したような山下達郎。自分の音楽観だけでなく、仕事観にも大きな影響を与えた3人といえます。

デジタルを使いこなしてこそのアナログ

冨田勲さんが使っていたシンセサイザーも、今ならスマホアプリである程度までできてしまう時代。

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そして、こんなシンセサイザーはむしろアナログにに見えてくるから不思議。

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デジタル音楽の元祖といえる冨田勲さんも、決してデジタルだけではなかった。昨日の昼間NHKでやっていた番組では、愛知県の鳳来寺山をホールに見立てて、演奏されていたそうです。

デジタルは、個の能力を極限まで引き上げてくれるもの。デジタル機器を使いこなすから、デジタル化できないアナログのよさが一層引き立つ。仕事も全く同じだと思います。
デジタルに限らず、便利なものを駆使しようとしない者に未来はない。冨田勲という時代を切り開いた偉大な作曲者の死に、改めて思うことであります。

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