大勝軒の大将が求めた男らしさ

つけ麺の元祖

つけ麺を世に広めた東池袋大勝軒の、山岸一雄さん死去の報。

元祖つけ麺 東池袋大勝軒 オフィシャルサイト | YAMAGISHI JIRUSHI TAI-SHO-KEN

日経にも記事が出るほどだから、その功績は経済界にも響き渡っているか。

つけ麺「大勝軒」創業 山岸一雄氏(ラーメン店「東池袋大勝軒」創業者)  :日本経済新聞

今は少し落ち着いたように思いますが、一時期は大ブームでしたから。新規開店するラーメン店は、いずれもつけ麺でした。自分もよく食べたもの。

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大勝軒系は、渋谷にできた時に一度行っただけ。画像はどこかに行ってしまいました。撮影する雰囲気ではなかったか。

実は浜松にも大勝軒はあります。

大勝軒 はままつ

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割と最近できたようで、今度行ってみます。

ラーメン店主のトレードマークの元祖

山岸さんのトレードマークといえば、この頭にタオルを太く巻いた格好。

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暖簾分けしてもらった店のみならず、新興のラーメン店の大将たちが、こぞって真似をしているのだから、その影響力は大。
ただ、若大将たちは、いずれも無愛想な表情の写真が多い。元祖たる山岸さんは、いつもニコニコ。商売人ならぜひとも笑顔でいていただきたいものであります。

いったいどれほどの弟子がいるのだと思っておりましたが、その数は100人を超えるらしい。

大勝軒のれん会 全国加盟店一覧

味を頑固に守るのではなく、1人でも多くの人に広める。それも自社を拡大するのではなく、暖簾分けというかたちで。ラーメン業界ならではともいえますが、それもすべて山岸さんの人柄のなせる技だったはず。

そして男らしく

池袋のお店を、一度閉じたけれど、あまりに惜しまれ再開した後は、後進に道を譲られたのか、テレビでお見かけする機会も多かった。当時しばしばあった「ラーメン店めぐり番組」の審査員として、登場していました。

新しくできたラーメン店の店主に対し、山岸さんはどこまでもやさしかった。時に辛辣な言葉もいとわない厳しさで接する審査員もいたのに比べ、「よくここまで頑張った」と褒めていた。
おそらく一言二言言いたいことがあったのかもしれないけれど、そんなことはおくびにも出さず、「美味しいよ」とコメントしてくれる。店主とすれば感激でしょう。

そんな山岸さんの言葉で、とても記憶に残っているのが「れんげ」のこと。
大勝軒は「れんげ」をつけないのだとか。その理由として、

男ならスープは丼から直接飲もうよ。
れんげでチマチマすすっては格好悪い。

そんなニュアンスのことをおっしゃってました。

今はなかなか聞かれなくなった「男なら」という言葉。それが鮮明な記憶として残りました。

その後、同じ番組だったか、別の番組だったか忘れてしまいましたが、やはりラーメン店に行って、お店の評価をする時に、

おー、男の子だ!

と店主を褒めていた。
味については二の次三の次といった感じで、店主の態度を評価していました。

大勝軒の公式サイトには、その「心」として、こんなことが書かれている。

山岸がもっともこだわっていたのは、お客さんへの感謝の気持ち。
「精いっぱい努力して、美味しいものをつくって、お客さんに喜んでもらおう」その心こそが「大勝軒」の味だと考えているからだ。
大勝軒とは - 元祖つけ麺 特製もりそば 東池袋大勝軒より)

「男らしく」と書くことは、今はちょっとナーバスになるけれど、山岸さんにしてみれば、「精いっぱい努力し、美味しいものをつくり、お客様に喜んでもらう」という姿勢こそが、「男のあるべき姿」と捉えていたのではないか。たかが1杯のラーメンに邪念なくこだわる。無邪気な心で遊ぶ少年のような気持ちで、仕事に向かっているか。それを弟子や後輩に求めていたのではないでしょうか。

そんな人柄があったからこそ、100人を超える方が弟子となる。男が男に惚れなければ、こんなに弟子は集まらない。カリスマ性ともちょっと違う。
座学では、なかなか教えにくい経営の真髄が、大勝軒にはあると思うのであります。

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