地政学からみる歴史

歴史と地形

こんなムックを購入。

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江戸について、かなり詳しい説明がありますが、ご存知のとおり、徳川家康が江戸に来るまで、関東周辺は葦原広がる湿地帯だった。それを家康は、利根川を太平洋側に流したのをはじめ、数々の治水工事を実施し、田畑に変えていった。

この図内の青いところに現在住まわれている方は、首都直下型地震が起きても文句を言ってはいけない。元は海だったのですから。

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江戸と同じように、「なぜ奈良に朝廷ができたか」ということは、現在の大阪中心部は入江だったことを理解すれば、一発で理解できる。
瀬戸内海を渡ってきた人たちは、今でいう淀川河口の流れが速かったため、南側に上陸し、大和川を遡上し、奈良に入ったというもの。納得できます。

 

山は人の流れを止める

高校生を勧誘するために、静岡県内だけでなく、愛知県のいわゆる「東三河地区」にも行くことがあります。かつては、岡崎市あたりまで行ったこともありますが、これが結構な山を越えていく。

だから、豊橋から浜松まで来てもらうことと、岡崎あたりから来てもらうことの意味は全く違うと理解しなければいけない。

こうした地形図で見ると、静岡県内も海と山が接近しているため、エリアごとの独立性が高いことがわかる。遠州と駿河の仲の悪さは、単に家康公が若かりし頃に住んだか、年老いてから隠居した場所なのかという違いだけではないでしょう。人的交流は関所が仮になかったとしても容易ではなかったはず。

 

ウクライナと尖閣、南沙

地形が国の運命を変えることは、もちろん日本に限らない。ロシアがウクライナを手放したくない理由は、地形を見ればわかる。

ロシアにとって、貴重な「南側の海」である黒海。ここがなくなったら、すべて陸路になる。中国が尖閣や南沙に触手を伸ばすのも同様。海に囲まれた国ニッポンにいると、スッとわかりにくいこと。

東京で成功した戦略が、地方で成功するとは限らない。逆もまた真なり。マーケティングの視点に地政学的観点は必須。すっかり便利になってしまった今でも、人心は数百年前と変わらないことがある。やはり、山や大河を越えて、あっちに行こうとは思いませんから。
それを理解するには、新幹線も高速道路もなかった時代の人の動きを見るのが一番。

そんな意味からもオススメの1冊です。

 

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