すき家の成功体験とキャズム

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戦慄を覚える調査報告書

先週発表された、すき家(ゼンショーホールディングス)の労働環境改善に関する第三者委員会による報告書。

「すき家」労働環境改善のための調査報告書受領について | すき家
調査報告書(PDF)

報道される内容をうかがうだけで、かなり真剣に書かれたものであることがわかる。高額な報酬で知られる弁護士の手によるものだから、すき家としても本気であった。ただ、その内容はあまりにも恐ろしい。

根本的なコンプライアンス意識が欠如していたと指摘されるのは、もはや上場企業としての体をなしてない。犯罪集団といっても、決して言い過ぎではありません。
ただそれはあくまでも一市民であることを前提とした場合。「ごめんなさい」ですむことなのかわかりませんが、すでに多くの代償を支払っているともいえるので、今後はこのようなことはないでしょう。

経営学的には、この部分は注目に値する。

経営幹部は、強い使命感と超人的な長時間労働で、すき家を日本一にしたという成功体験を共有しており、部下にもそれを求めた。
(調査報告書、35頁)

コンプライアンス意識が欠如していたのは、末端の従業員ではなく経営幹部。今回の問題は、トップ層の問題です。

その経営幹部たちは、自分自身も現在の従業員と同じような労働環境にあった。それを乗り越えたからこそ、今のすき家があると信じている。
報告書にある調査委員会と経営幹部のQ&Aは、まるで小説か映画の1シーンのようです。

Q「あなたが500時間頑張れた理由は何か?」
A「自分はGMになりたいという目標があった。また、クルーも同じくらい働いていた」
Q「部下の仕事に対する姿勢や考え方はどうか?自分と比べても」
A「レベルが低いと思う。AMはもっと店を好きになってほしい。今きっと嫌いなのだと思う」
(中略)
Q「どれくらいまで耐えられると思っているのか?正直、今、上にいる人たちは勝ち組であり、全員が耐えられるとは思えない」
A「自分たちの方がしんどかったという自負はある。それを乗り越えるためにはクルーを巻き込んで上手く回す必要がある。しかし、最近はそういう人が少なくなった」
(調査報告書、37頁)

これをブラック思想と言わずして、何がブラックなのか。
幹部のやってきたことは紛れもない事実なのでしょうが、それを部下にも求めるのは間違いです。

 

成功体験はキャズムを超えるか?

キャズム」という本は、日本語訳版は2002年で、原書の初版は1991年と、今から20年以上前のもの。内容はハイテク産業が初期市場からメインストリーム市場に移り変わる時に陥る「深い溝(キャズム)」のことを書いたもの。
ただ、この考え方は今回のような、企業組織の拡大においても使える。

ユニクロ柳井社長が、現場がどれだけやる気を出すような策を講じようと、今年入ったばかりの従業員は、柳井氏の保有資産の1万分の1を稼ぐことすら容易ではない。
広島の「ユニーク・クロージング・ウエアハウス」という小さな衣料品店が、世界に羽ばたく過程を、今のユニクロで体験することは不可能。もし本当に体験したいなら、30年前の「ユニーク・クロージング・ウエアハウス」と同じような規模の店で働く以外にない。

成功体験を追体験することは可能でも、それは実体験ではない。すき家の幹部たちが、この点を理解できなかったことが最大の問題。

ドラッカーは「日本 成功の代償」という本で、次のように語っている。

現存する仕事はすべて正しい仕事であり、何がしかの貢献をしているはずであるとの先入観は危険である。現存する仕事はすべて間違った仕事であり、組み立て直すか、少なくとも方向づけを変えなければならないと考えるべきである。
(「仕事の哲学」、102頁より)

「現存する仕事はすべて間違った仕事」であると考えて取り組むべきということですが、これはそのまま成功体験への戒めともなる言葉。

一方、すき家の調査報告書は、経営幹部を「単に営利のみを追求しているわけではなく、『24時間、365日営業』の社会インフラ提供という強い使命感をもって働いているのは紛れもない事実である」としながらも、次のような言葉で断じている。

しかし、この使命感は「自分たちが昼夜を問わず働いたことで今の地位を築いてきた」という自らの成功体験と不可分のものであり、そこにはすき家にとって重要なステークホルダーである従業員の人としての生活を尊重するという観点が欠けていた。しかも、「できる社員(=自分)」を基準にした対応を世代も能力も異なる部下に求めるという無理のあるビジネスモデルを押し通そうとした
過去の成功体験にとらわれた経営幹部は、巨大化したすき家に対する新しい時代の社会的要請(コンプライアンスとCSRを実践して発展すること)を理解できなかった。
(調査報告書、35頁)

すき家は再生できるのか?

一時的にせよ、従業員の70~80%が職場に不満を感じるという異常事態にあったすき家。やってきたことはさまざまな問題があったけれど、果たして再生は可能なのか。

吉野家は価格を上げ、さらに居酒屋業態にも進出した。「1人鍋」の店も始めている。松屋は「プレミアム牛丼」として、チキンレースを脱した。それぞれ牛丼チェーンのひとくくりにされるのを避け、独自の色を出そうとしている。

このような状況下、「すき家らしさ」とは一体何なのか? 単に安いだけなのか。24時間365日やっていることなのか。
それは1つの価値ではあるけれど、それが従業員の不幸の上に成り立つものであるなら、それは企業という社会的存在ではない。

ともすれば、うやむやに終わりがちだし、ドラスティックに対応しても非公開だったりするこの手の報告書。その点、自らの恥を思い切って公開したすき家(ゼンショーホールディングス)の対応はまだ可能性があるとみてよいでしょう。

今をどん底とすれば、それを脱するための次の一手はなんなのか?
期待しております。

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