漫画家江口寿史の語る、しなやかさを保つ素振り
江口寿史先生のツイート
絵心ある方羨ましいですね。子供の頃、もうちょっとマジメにやっておけばよかったな……。
そんな「絵心のある方」の頂点にあると思われる漫画家の江口寿史先生のツイートが話題となっております。
すでにまとめサイトに上がっております。
これが絵を描く人以外にも参考になる内容なので、紹介いたします。
5分スケッチの意味
きっかけはこのツイートから。
漫画雑誌でも何の雑誌でもいいんだけど、ゴミの日に出す前に「お、これは」と思う写真あったらスケッチするんだ。エンピツでもいいけど、出来ればぺンで。下描きしないで5分以内と決めて写真見ながら描く。これすごく練習になるからやってみ。 pic.twitter.com/8YRWcBNNDV
— 江口寿史 (@Eguchinn) 2014, 3月 26
雑誌などにある「これは!」と気に入った写真を5分以内でスケッチしろと。 実際に江口先生が描いたものをアップしてくれておりますが、シロウトには「これが5分で描けるのか……」と考えざるをえません。5分ですよ、5分!
で、この後は、フォロワーさんとのやり取りや、ひとり言みたいなツイート(当たり前だけど)が続く。 そして、このツイートから、いよいよ「絵描き」の核心に迫っていきます。
下描きなしとはいえ、写真を見ながら描けばこのくらいのことはプロなら誰でもできます。これは野球でバッターがやる「素振り」とかピッチャーがやる「投球練習」みたいなものですから。 — 江口寿史 (@Eguchinn) 2014, 3月 29
「5分で描け」というのは、野球でいう「素振り」「投球練習」みたいなものだと。ふむふむという感じ。ここからまた絵描き向けのツイートがいくつか続きますが、次のツイートからは絵描き以外にも参考になる。
でまあ、これをわかりやすく「素振り」と言ったわけですが、若い頃、デビューする前と、エイジくらいまでかな、こういう素振りをよくやってたんですよ俺。その後イラストの仕事が多くなってきてからあまりやらなくなった。仕事以外で絵を描くことが日々の暮らしの中でほぼなくなったんです。
— 江口寿史 (@Eguchinn) 2014, 3月 29
だいたいがあんまり好きじゃないしね練習ってものが。ただやっぱりそのせいでだんだん絵を描くことが自分の中で「大変な事」「めんどうな事」になっていったのは事実。仕事に入る度にこう、熱いお湯に入るような躊躇がいつもあって。入ってしまえば気持ち良くなるんですがね。 — 江口寿史 (@Eguchinn) 2014, 3月 29
若い頃は、「5分スケッチ」という素振りをよくやっていた。ところが、仕事に追われるうちにしなくなった。 そもそも練習(=スケッチ)は好きではないから、次第に面倒に思うようになってしまった。
自分も「うわー、この仕事は面倒」と思うことがある。4月を迎えるこの時期。新しい授業期間が始まる。いろいろ準備しなければならない。まさに「メンドクサイ!」。できれば避けたい。
不思議なもので、江口先生と同じく、「入ってしまえば気持ち良くなる」んですけど、このメンドクサ感は、仕事から逃げ出したくなる最大のポイントでしょう。
素振りを疎かにすると
結果として素振りを疎かにしたことを、江口先生はこう自戒する。
まあ、そんな感じで20年くらいは素振りしないでやってきた。その弊害が「絵が硬くなってくる」ですよ。テクニックで精緻にはなってくるんだけど。ここ数年は特に、自分の絵、なんだか硬くてしなやかさがなくなってきたなあと感じてた。 — 江口寿史 (@Eguchinn) 2014, 3月 29
このツイートの最大のポイントは、技術的に向上しているのに、出来上がったものはどこか硬いということ。
自分の仕事にとってのテクニックとは何か。しなやかさとは何か。 技術論に囚われるあまり、自由さが欠けているのでしょう。
わかりやすくいえば、
おもしろくない
ということだと思います。
「型にはめる」ことは、仕事を効率よく遂行するためには大切なこと。パターン化せずに、1つ1つ手作りでなんてやっていたら、決して儲かりません。企画書も調査票も使い回せる部分があるから、われわれも多少ラクができる。
ただ、そんなラクな仕事ばかりしていると、出来上がったものはつまらないものとなる。「しなやかさ」に欠ける。
だから、「若い方の自由な発想で……」「主婦ならではの視点で……」という企画が出てくる。この手の企画の裏側には、しなやかさを失った企業・担当者がいます。
素振りを再開するきっかけ
江口先生のツイートはまだ続く。ある意味では、ここからがさらに面白い。
なぜこの「5分スケッチ」を再開できたかというきっかけは、こんなことです。
最近お気に入りのuni-ball Signo 0.38。ノック式はなぜかコンビニにしか売ってない。 http://t.co/MwU4xKauQA — 江口寿史 (@Eguchinn) 2014, 3月 28
そんな時に偶然手にした例のボールペン。これに出会ってすごく解き放たれた。すっごい自由。なんでも描けるぜ今、自分。そんな気分で素振りがまた始まったんですよ。 — 江口寿史 (@Eguchinn) 2014, 3月 29
しかも若い頃の素振りはどこかこう、やらなきゃ、とか義務感とかもあったんだけど、今はただただ楽しい。手を動かしてることが楽しくてたまらない。この歳になって、あ、今日で58歳になったんだが(笑)、ここにきてこんな気持ちにさせてくれたSigno 0.38に感謝ですよ。ありがとう! — 江口寿史 (@Eguchinn) 2014, 3月 29
コンビニにしか売っていないという「ノック式のuni-ball Signo 0.38」。これが江口寿史という漫画家の原点を取り戻してくれた。
今はただただ楽しい。
手を動かしてることが楽しくてたまらない。
58歳にして、こんな気持ちにしてくれるきっかけは、なんてことのないコンビニに売っているペンだった。不思議なものです。
そして、精神的な何かを取り戻すことに、時として何気ないモノが役立つこともあることを教えてくれる。
自分にとってのしなやかさとは何なのか。素振りとは何なのか。
この時期は、若者に向けてのメッセージが多くなりますが、このことはむしろ仕事に疲れ気味のオジサン、オバサンとともに考えたいことです。