佐村河内氏だけじゃない楽曲転用からの大ヒット

都知事選も、明日ママ問題も、すべてふっ飛ばしてしまった感のある佐村河内守氏の疑惑。疑惑なのか事件なのかわかりませんが、何はともあれ、ご本人が会見を開いてくれないと、これ以上の進展はない。
はじめから共作としていれば、なんの問題もなかったけれど、仮に聴覚障害者を装っていたのなら別の問題が発生する。焦点はそこか。どうなのでしょう? まあ聞こえにくいのは少なくとも事実であると信じたいところです。

今回盛り上がっているポイントして、元はゲーム音楽として作曲したものを、「HIROSHIMA」と改名したことにより、大絶賛されたことがあります。五木寛之さんは「戦後最高の鎮魂曲」と評してしまったとか。ま、評論なんてそんなもんか。

ところで、同じ曲(メロディー)であっても、少し手を加えただけで、大ヒットした曲は実は結構あります。
なかでも、世界的に大ヒットしたこの曲が有名か。

マイ・ウェイ - Wikipedia

フランク・シナトラの代表曲「マイ・ウェイ」は、元はシャンソン歌手クロード・フランソワの「Comme d'habitude」。

単なる恋愛ソングを、ポール・アンカが曲を改変する権利を無償で譲り受けたことから、この世界的大ヒットは生まれた。曲が売れただけでなく、あらゆる歌手にカバーされた曲として、Beatlesの「Yesterday」に次ぐ記録を持っております。

海外の事例では、アメリカ国歌「The Star-Spangled Banner」は、元はロンドンの社交クラブ「アナクレオンティック・ソサエティ」の公式ソングだった。

星条旗 (国歌) - Wikipedia

下品で大酒飲みを歌った歌詞」だったようですが、よくぞそんな曲を国歌に転用したものだと感心しますな。

日本では、この曲が有名か。

また逢う日まで (尾崎紀世彦の曲) - Wikipedia

尾崎紀世彦の代表曲「また逢う日まで」は、元は三洋エアコンのCMソングだった。作曲は筒美京平。歌詞を書いたのは、アンパンマンのやなせたかしさん。でもそれはお蔵入りとなった。
このまま埋もれさせるのはもったいないと考えた楽曲管理者が、作詞家阿久悠に依頼して、フォークグループのズー・ニー・ヴーに「ひとりの悲しみ」という曲に生まれ変わった。

ただ、これもヒットしなかった。それをさらに尾崎紀世彦用に歌詞を書き換え、大ヒットとなったのが真相です。

「また逢う日まで」ほど大掛かりではありませんが、新人歌手がデビューする際、自曲をいじられることはある。
久保田早紀の「異邦人」は、元は「白い朝」というタイトルで、アレンジも違ったそうです。

異邦人 (久保田早紀の曲) - Wikipedia

可愛いなぁ久保田早紀。今だったら超絶人気となりそう。

このように、同じ楽曲を転用した結果、大ヒットにつながった例は案外ある。佐村河内氏は作曲能力には疑問符がつくようですが、プロデュース能力は長けていたという判断でよいのでは。
会見をするのかしないのかわかりませんが、佐村河内氏にせよ、新垣氏にせよ、このまま埋もれさせるには惜しいというのが、今のところの私の考えであります。

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