「ボブという名のストリート・キャット」を読んで

本が届いた

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2週間ほど前のエントリー「ボブという名のネコ」で紹介した本を予約注文しておりましたが、年明けの予定が繰り上がって届きました。
正直言って、もうちょっとボブの可愛い写真があるかと思いましたが、写真は上の表紙と裏表紙、あと表3にあたるところの装丁部分に1箇所と、本編が終わるところに白黒で1箇所。合計4箇所しかありません。

「なんだよー」と思いつつも、つまりそれだけ

マジな内容

ということ。
あらすじは、フジテレビ系「アンビリバボー」でわかっておりましたが、大変興味深い内容でした。

ボブとの出逢いは偶然なのか

そもそもボーエンさんが、ドラッグにはまり、路上生活者となった理由をたどっていけば、両親の別居もありますが、それ以上に、度重なる転居(しかもイギリスとオーストラリアを行ったり来たりという)があげられる。
そこでコミュニケーション能力が磨ければよかったけれど、ボーエンさんの場合はそうではなかった。イジメの対象となったようです。

路上での即興演奏(busking)で食いつないでいたボーエンさんの家の階段で、茶トラの猫が現れたのは偶然だったのか。
ボーエンさん自身は「ぼくは猫に囲まれて育った」と書いているから、野良猫への対処法もわかっている。餌を勝手にやってはいけないこと、病気を抱えている場合があること、避妊など適切な手術をしなければいけないこと……。
それでも、ボブの第一印象について、

猫はまったく物怖じするところがなく、静かに落ち着き払っていた。暗がりでくつろいでいるようにも見えた。好奇心と知性をたたえた目でじっと見つめられると、こちらのほうが猫のテリトリーに迷いこんだ気分にさせられた。
(「ボブという名のストリート・キャット」、P8)

と書いているところをみると、どうやらボブの方が、「猫好きの人間」を見極める目を持っていて、そういう人の家の前で待ち構えていたのかも。

ボブがいったいどうやって、ボーエンさんの住むアパートメントにたどり着いたのか。もともと野良に生まれたのか。どこかの家から逃げてきたのか。それとも移動の途中に迷ってしまったのか。ボーエンさんも頭をめぐらせますが、もちろんわかるはずもなし。
ただ、トイレ用に買ったトレイで用を足すことはなく、必ず5階の部屋から、外の植え込みあたりに行ってすることから、野良として育ったような気がします。

ネコとの共生、ヒトとの共生

猫のトイレ問題は、自分も苦い思い出があり、そのことは「ネコとの共生」としてちょうど1年前に書きました。しつけるとは、動物の生活パターンを変えてしまうことであり、それを人間がするなら責任をもたないといけない。責任を取れない人間は動物の生活パターンを変えることなど許されないわけです。
ボブ自身のトイレ問題は、最後の最後にオチのようなネタが書かれており、思わずニヤリとするとともに、私自身ちょっと救われた感じがました。やっぱりボブは賢い!

この本で、猫(ボブ)以外の部分で全編を貫いているのは、

人間とはなんと疑り深い動物なのか

ということ。
規則すれすれというより、規則の目をかいくぐって路上で即興演奏を続けるボーエンさんに対する目。即興演奏の生活をやめ、「BIG ISSUE」を販売するようになってからも容赦なく浴びせられる罵倒。
小さい頃、イジメに遭っていたボーエンさんは、そういうことを受け流す術をすっかり身につけているのですが、時折戦います。
特に、ボブがあまりにもおとなしく、誰にも従順な素振りなのが気に入らない人もいたようで、次のようなことを言われたこともあるようです。

きみの魂胆はわかっている。この猫をおとなしく従順にさせるために何かを服ませていることもな。(中略)猫をおとなしくさせて宣伝に使えば、きみは金儲けができるって寸法だ。
(「ボブという名のストリート・キャット」、P243)

これを言ったのは、「横柄な態度の学者ぶった男」。もちろん根拠などなく、勝手な推量を押し付けているだけ。それでここまで言い切ってしまうのだから、人間という動物の闇も深い。

本書の出版を機に、アメリカに行ったらしいボブ(とボーエンさん)。日本には来てくれませんかねぇ。

いや、こっちがロンドンまで行くか!
( ΦωΦ)

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      2017/08/03

 - 日記, 街ネコ ,